公務員特権の復活か?退職者「簡易採用」制度が壊す日本の公正さ
政府が、退職した国家公務員を簡易な手続きで再び採用する制度の検討を始めたとの報道がありました。人手不足が深刻化する中、専門的な知識や経験を持つ人材を確保するという目的は、一見もっともらしく聞こえます。しかし、私たちはこの動きに強い警戒感を抱かざるを得ません。この制度は、日本の公務員制度が長年かけて築き上げてきた「公正・公平」という大原則を根底から覆し、新たな既得権益を生み出す危険な一歩となりかねないからです。
「簡易採用」という名の特別扱い
そもそも、国家公務員の採用は、国民全体に開かれた公正な競争試験によって行われるのが大原則です。年齢や経歴にかかわらず、誰もが等しく挑戦できる機会が保障されてきたからこそ、国民は公務員制度に一定の信頼を寄せてきました。
しかし、「簡易採用」はこの原則をいとも簡単に踏みにじるものです。一度退職した、いわば「身内」の人間を、競争試験という客観的な評価を経ずに再び組織に迎え入れる。これは、公務員を目指して日々努力を重ねる多くの若者や、民間からキャリアを転換しようとする人々に対する裏切り行為に他なりません。なぜ、OB・OGだけがこのような特別扱いを受けられるのでしょうか。これは「縁故採用」「天下り」の新たな温床となり、国民の公務員に対する不信感を増大させるだけです。
組織の硬直化と新陳代謝の阻害
この制度がもたらす弊害は、公正さの欠如だけではありません。一度組織を離れた人間が再び戻ってくることは、組織の硬直化を招き、健全な新陳代謝を著しく阻害します。
本来、組織というものは、新しい血、すなわち外部の新しい視点や価値観を取り入れることで活性化し、時代に対応していくものです。しかし、この制度は内向きの論理を助長し、OBが幅を利かせる「ムラ社会」を強化することにつながります。現役職員は、かつての上司であった再採用者に忖度し、自由闊達な意見を言いにくくなるでしょう。結果として、組織全体の風通しは悪化し、イノベーションは生まれず、国民のニーズから乖離した前例踏襲の組織へと堕落していくことは想像に難くありません。
「専門性」という名の欺瞞
制度導入の根拠として「専門性」が挙げられていますが、これも極めて疑わしいと言わざるを得ません。本当に市場価値のある高度な専門性を持った人材であれば、民間企業が放っておくはずがありません。むしろ、民間の厳しい競争環境でその能力を発揮し、より高い処遇を得るのが自然な姿でしょう。
あえて公務員の世界に「簡易な手続き」で戻ってくる人材の「専門性」とは、一体どのようなものなのでしょうか。それは、霞が関の内部でしか通用しない、極めて内向きな知識や人脈ではないのでしょうか。そのような「専門性」は、組織の既得権益を守るためには役立つかもしれませんが、国民全体の奉仕者たる公務員に求められる能力とは異なります。むしろ、真に必要なのは、外部の血を積極的に取り入れ、民間の厳しい競争に晒された優秀な人材を広く登用する道を開くことです。
国民感覚との乖離と財政規律の緩み
忘れてはならないのが、税金の問題です。一度、多額の退職金を受け取った人間を、再び税金で雇用するということが、国民の理解を得られるでしょうか。これは、財政規律の観点からも、国民感情の観点からも、断じて許されるべきではありません。人手不足を理由にするのであれば、まずは業務の徹底的な効率化や民間委託を進めるのが筋です。安易にOBを再雇用することは、人件費の膨張を招き、将来世代にさらなる負担を強いることになります。
この「退職国家公務員の簡易採用制度」は、短期的な人手不足を補うという美名のもとに、我が国が守るべき公正さの原則を破壊し、組織を停滞させ、国民の信頼を失墜させる劇薬です。私たちは、このような安易な特権的制度の導入に断固として反対します。政府には、目先の利便性にとらわれることなく、公務員制度の根幹を揺るがすことの重大さを再認識し、この検討を直ちに中止するよう強く求めます。そして、この国の未来を担う全ての国民に対し、真に公正で開かれた門戸を用意することこそが、今、政治に課せられた責務であるはずです。
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