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2 埼玉県政

争点は 首相19日に衆院解散表明へ

「19日解散」の大義を問う―国家の未来を賭した党利党略か

本日、永田町を駆け巡った「首相、19日に衆院解散表明へ」との一報に、多くの国民が驚きと共に、深い疑念を抱いたのではないだろうか。我々、国家の安定と継続性を重んじる保守の立場から、この度の解散の動きを検証する時、その決断の裏に真の「大義」を見出すことは極めて困難であると言わざるを得ない。

国益よりも政局を優先する愚

まず問われるべきは、「なぜ今なのか」という一点に尽きる。我が国は今、歴史的な転換点に立っている。厳しさを増す一方の安全保障環境、長引く物価高騰に喘ぐ国民生活、そして一向に進まぬ構造改革。これら山積する国家の重要課題に、政府・与党は一体となって取り組むべき時ではないのか。

このような状況下での解散は、国政に著しい停滞と政治的空白を生じさせる。国際社会が激動する中で、我が国の舵取り役が選挙という内向きの論理に没頭することは、国益を著しく損なう行為である。特に、覇権主義的な動きを強める近隣諸国を前に、外交・安全保障政策の継続性が断ち切られるリスクは計り知れない。首相の解散権は憲法で保障された専権事項であるが、それはあくまで国益に適う場合にのみ行使されるべき伝家の宝刀であり、政権浮揚のための安易なカードとして弄ばれるべきものではない。

解散の大義はどこにあるのか

そもそも、今回の解散に国民が納得しうる「大義名分」は存在するのだろうか。防衛力の抜本的強化か、憲法改正の発議か、あるいは国民生活を根底から変える大型経済政策か。いずれも国民に信を問うに値する大きなテーマであるが、現在の政権から、そのような国家の将来像を賭した覚悟は感じられない。

聞こえてくるのは、野党の準備が整わないうちに、あるいは内閣支持率がこれ以上下落する前に、といった極めて党利党略的な打算ばかりである。これでは、国民に信を問うのではなく、単に与党に都合の良いタイミングを狙った「不意打ち解散」との批判を免れまい。国民不在の権力闘争に、我々の貴重な税金が数十億円単位で投じられることへの説明責任を、首相はどう果たすつもりなのか。

為政者の責務を忘れてはいないか

真の保守主義とは、目先の権力や人気に阿ることなく、国家百年の計を見据え、時には困難な道をも厭わず進む精神である。歴代の宰相たちは、国家の危機に際し、国民に信を問うことでその難局を乗り越えてきた。その決断には、常に国家と国民に対する重い責任と覚悟があった。

今回の解散表明が、もし事実であるならば、それは我が国の憲政史における汚点となりかねない。それは、国民の信託を受けた為政者が、その重責を忘れ、自らの権力維持を最優先した証左と見なされるだろう。

我々は、首相がこの土壇場で、国家のリーダーとしての原点に立ち返ることを強く求める。いたずらに国政を混乱させるのではなく、まずは足元の課題解決に全力を注ぐべきである。そして有権者たる我々国民は、この解散劇の本質を冷静に見極め、来るべき審判の日には、真に国を思う政治家は誰なのか、賢明な判断を下さねばならない。国の未来は、我々一人ひとりの双肩にかかっている。

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