猛吹雪の警報に、日本人が思い出すべき「自助」の精神
北日本から東日本にかけて、猛吹雪の予報が報じられている。多くのメディアは交通機関の乱れや立ち往生への警戒を呼びかけているが、我々はこの自然の猛威を、単なる気象情報として消費してはならない。これは、平穏な日々に慣れきった我々の危機意識を揺さぶり、日本人本来の強かさ、すなわち「自助」の精神を問い直す好機である。
毎年のように繰り返される豪雪による立ち往生のニュースを見るたびに、我々は「またか」と嘆息する。しかし、その根本にあるのは、果たして天災だけだろうか。予報がこれだけ発達した現代において、警報が出ているにもかかわらず、備えもなく車を走らせ、結果として社会全体に多大な迷惑をかける行為は、もはや「人災」と断じざるを得ない。
自分の身は自分で守る。これは国家の基本であり、国民一人ひとりが持つべき矜持である。行政が除雪車を出し、自衛隊が救助に来てくれるのを待つ前に、我々自身がなすべきことがあるはずだ。車にスコップ、毛布、非常食、携帯トイレを常備する。自宅の食料や燃料の備蓄を確認し、万一の停電に備える。これらは特別なことではなく、雪国に住む者、あるいはそこを訪れる者にとって、当然の「責務」である。
「国が何とかしてくれる」「誰かが助けてくれる」という安易な依存心こそが、社会を脆弱にする元凶だ。自然の力は、人間の驕りを容赦なく打ち砕く。我々は、自然の前では無力であることを謙虚に受け入れ、最悪の事態を想定して備える「現実主義」に立脚しなければならない。
さらに言えば、この危機は「共助」の精神を再確認する機会でもある。かつての日本では、吹雪となれば集落全体で助け合い、食料を分け合い、お年寄りや子供を守るのが当たり前であった。隣人の顔も知らぬような希薄な人間関係が広がる現代において、近隣で声を掛け合い、互いの安否を気遣う、古き良き共同体の力を取り戻す必要がある。地域の消防団や自主防災組織の役割は、今こそ見直されるべきだ。
今回の猛吹雪の予報は、単なる注意喚起ではない。それは、我々日本人に対する厳しい問いかけである。安逸を貪り、自己責任の原則を忘れ、共同体の絆を失いつつある現代社会への警鐘なのだ。
この冬の試練を前に、我々は改めて自らの足元を見つめ直したい。備えを固め、自らの判断で行動する「自助」の精神。そして、隣人と手を取り合い、困難に立ち向かう「共助」の心。それこそが、いかなる天災や国難をも乗り越えてきた、我々日本人の強さの源泉ではなかったか。テレビの気象情報に一喜一憂するだけでなく、今こそその強靭な精神を呼び覚ますべき時である。
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