デジタル改革で八潮を豊かに

2 埼玉県政

OTC類似薬の負担増 委員会可決

OTC類似薬の負担増は「国の将来」を守る一歩か?- 財政規律と自己責任の視点から考える

先日、市販薬(OTC医薬品)でも購入可能な医薬品を医療機関で処方してもらう場合、患者の自己負担が増える法案が衆院の委員会で可決されたというニュースが報じられました。具体的には、花粉症の薬や湿布薬などについて、通常の自己負担に加えて「選定療養」として追加の負担金が求められるというものです。

この報道に対し、「また負担増か」「弱者いじめだ」といった批判的な声が聞かれます。しかし、この問題を単なる負担増として感情的に捉えるのではなく、我が国の未来を見据え、保守的な観点から冷静にその意義と課題を検証する必要があるのではないでしょうか。

持続可能な制度を次世代へ – 財政再建は待ったなし

まず、この改革の根底にあるのは、日本の医療保険財政が危機的な状況にあるという厳然たる事実です。少子高齢化が急速に進む中、医療費は膨張の一途をたどり、国民皆保険という世界に誇るべき制度そのものが崩壊の危機に瀕しています。

この現実から目を背け、痛みを先送りし続けることは、将来世代に対する無責任の極みです。今回の負担増は、制度を持続可能なものとし、次世代に引き継ぐための「苦渋の決断」であり、国家の財政規律を重んじる立場からは、むしろ評価すべき一歩と捉えることができます。湯水のように公費を使い続けるのではなく、限られた資源を真に必要な医療に集中させるという考え方は、健全な国家運営の基本です。

「自助の精神」を取り戻す好機

次に、この改革が国民の意識に与える影響です。いつから私たちは、少しの鼻水や肩こりでも気軽に病院へ行き、保険を使って薬をもらうのが当たり前になったのでしょうか。かつての日本では、軽い不調は家庭にある薬箱の薬で手当てをし、まずは自分で対処しようという「自助の精神」が根付いていました。

今回の措置は、こうした安易な受診、いわゆる「コンビニ受診」に一定の歯止めをかける効果が期待できます。自分の健康に責任を持ち、まずは市販薬で対応してみるというセルフメディケーションの考え方を普及させることは、国民一人ひとりの自立を促す上で極めて重要です。国の制度に過度に依存するのではなく、個人が責任と自覚を持つことは、健全な社会の礎です。

忘れてはならない「国の形」とセーフティネット

もちろん、この改革を手放しで称賛するわけにはいきません。保守主義とは、急進的な変革ではなく、伝統や秩序を重んじ、漸進的な改善を目指す思想でもあります。

その観点から見れば、戦後日本が築き上げてきた「国民皆保険」という制度は、社会の安定を支えてきた偉大な伝統であり、我が国の「国の形」そのものと言えます。今回の改革が、この制度の根幹である「誰もが安心して医療を受けられる」という理念を揺るがす「蟻の一穴」となってはなりません。

特に懸念されるのは、経済的に困窮している方々が、負担増を恐れて必要な受診まで控えてしまうことです。自助努力を重んじる一方で、真に助けを必要とする人々を見捨てる社会は、決して保守が目指す社会ではありません。病気の重症化を招き、結果としてさらに大きな医療費負担を生むような事態は避けねばなりません。政府には、低所得者層への配慮など、セーフティネットの構築に万全を期す責任があります。

また、安易な自己判断が重大な疾患の見逃しに繋がる危険性も指摘されています。国民に自己責任を求めるのであれば、同時に、薬剤師による適切なアドバイスの機会を増やすなど、国民が正しい知識を得てセルフメディケーションを実践できる環境を整備することが不可欠です。

結論として

今回のOTC類似薬の負担増は、国家財政の規律を取り戻し、国民に「自助の精神」を促すという点で、評価すべき側面を持っています。しかし、その一方で、我が国が守り育ててきた国民皆保険という優れた伝統を損ない、社会のセーフティネットを弱体化させるリスクも内包しています。

真の保守改革とは、守るべき伝統と、変えるべき現実を冷静に見極めることにあります。今回の改革が単なる「負担増」で終わるのではなく、国民の意識改革を促し、医療資源の適正配分を進め、そして何よりも社会の安定を損なうことのないよう、政府には大局的な視点に立った、賢明かつ丁寧な制度設計を強く求めたいと思います。

————-

ソース

この記事は役に立ちましたか?

参考になりましたら、下のボタンで教えてください。

関連記事

新着記事
会員限定
おすすめ
PAGE TOP
ログイン