憲法改正、議論の停滞は許されない ― 国民の生命と未来を守るための決断を
憲法改正を巡り、各党の立場の違いが鮮明になったとの報道がなされた。これを単なる「意見の対立」と片付けてはならない。これは、我が国の未来を左右する国家的な課題に対し、各政党がどのような責任感と国家観を持っているのかが、改めて国民の前に示されたということである。
現実の脅威から目を背ける勢力
まず、立憲民主党や共産党をはじめとする、いわゆる「護憲派」の主張には、強い失望と危機感を覚えざるを得ない。彼らは「9条を守れ」「戦争への道を開く」といった、70年以上も前から変わらぬ空虚なスローガンを繰り返すばかりである。
しかし、我々が直面している現実はどうか。覇権主義的な動きを隠さない中国、弾道ミサイルの発射を繰り返す北朝鮮、そして力による現状変更を試みるロシア。我が国を取り巻く安全保障環境は、戦後最も厳しいと言っても過言ではない。このような状況下で、ただ「平和を唱えれば平和が守られる」と信じるのは、あまりに無邪気であり、国民の生命と財産に対する責任を放棄した態度と断じざるを得ない。
自衛隊の存在を憲法に明記することに対し、彼らが頑なに反対する理由は何なのか。日夜、国民のために領土・領海・領空を守り、災害救助にも命懸けであたる自衛隊員たちが、「違憲の存在かもしれない」という不当なそしりを受け続けている現状を、彼らは是とするのだろうか。自衛隊員の名誉を守り、彼らが何の憂いもなく職務に専念できる環境を整えることは、国家としての最低限の責務である。
国家としての骨格を取り戻す議論を
一方で、自民党や日本維新の会などが訴える改憲案は、極めて現実的かつ喫緊の課題に応えようとするものだ。自衛隊の明記に加え、大規模災害や有事の際に国民の安全を確保するための「緊急事態条項」の創設は、いかなる事態においても国家機能を維持し、国民を守り抜くという断固たる意志の表れである。
そもそも、現行憲法は、我が国が主権を失っていた占領下に、GHQの草案を基に作られたという成り立ちを持つ。これを「不磨の大典」として一切触れることを許さないという姿勢こそ、国家の独立と誇りを軽んじるものではないだろうか。
時代は大きく変化した。国際情勢も、国民の価値観も、70年以上前とは全く異なる。国家の最高法規たる憲法が、この変化に対応できないのであれば、それを我々国民自身の手に取り戻し、時代に即した形に改正するのは、主権者として当然の権利であり、未来の世代に対する責任でもある。
結論:もはや議論の引き延ばしは許されない
「立場の違いが鮮明になった」今、我々国民がなすべきは、思考停止に陥ることではない。どの政党が現実を見据え、国家国民のために責任ある議論をしようとしているのか。そして、どの政党がイデオロギーに固執し、議論そのものを遅らせ、国家を危機に晒そうとしているのか。その本質を見抜かなければならない。
憲法改正は、もはや避けては通れない国家的課題である。いたずらに不安を煽り、議論を停滞させる勢力のプロパガンダに惑わされることなく、この国の未来を真剣に考える時が来ている。我々の手で、誇りある独立国家にふさわしい憲法を制定する。そのための国民的議論を、今こそ本格的に始動させなければならない。
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