「増税しない」は魔法の言葉か?岸田首相の発言に潜む国家財政への無責任さを問う
岸田首相が「さらなる消費増税は考えていない」と明言した。物価高に喘ぐ国民生活に配慮した発言であり、一見すると国民に寄り添う姿勢の表れと受け取れるかもしれない。しかし、我々保守を自認する者にとって、この発言は単なる耳触りの良い言葉に過ぎず、むしろ国家の将来に対する責任感の欠如を露呈するものとして、強い懸念を抱かざるを得ない。
財源の裏付けなき「安心」は砂上の楼閣
まず問われるべきは、その財源である。我が国は、少子高齢化の急速な進展により、社会保障費が自然増を続ける構造的な問題を抱えている。加えて、厳しさを増す国際情勢に対応するため、防衛費の抜本的な増額も決定された。これらの巨額な歳出増に対し、「増税はしない」と断言するのであれば、その代替となる財源を具体的に示すのが為政者の責務であろう。
しかし、首相の口から語られるのは、歳出改革の具体策でもなければ、目覚ましい経済成長による税収増の確固たる道筋でもない。聞こえてくるのは、曖昧な「経済の好循環」という言葉ばかりだ。これでは、痛みを伴う改革から目を背け、問題を先送りしているだけではないか。財源の裏付けなき「増税しない」という約束は、国民に一時的な安堵感を与えるかもしれないが、その実態は砂上の楼閣に等しい。
将来世代へのツケ回しを是とするのか
保守主義の根幹には、先人から受け継いだこの国を、より良い形で次世代へと引き継いでいくという世代間の責任がある。安易に国債を増発し、財政赤字を膨らませることは、まさしくこの責任の放棄であり、将来世代に過酷な負担を押し付ける「ツケ回し」に他ならない。
目先の支持率や選挙のために、国民が嫌がる「増税」という選択肢を安易に封印することは、ポピュリズム(大衆迎合主義)の極みと言わざるを得ない。真の政治家であれば、たとえ不人気な政策であっても、国家の百年を見据え、その必要性を国民に真摯に説き、理解を求めるべきではないのか。財政規律を軽んじ、未来への借金を積み増す姿勢は、断じて保守の道ではない。
逃げずに示せ、国家の針路を
防衛費増額の財源として、法人税、所得税、たばこ税の増税が議論されている中で、なぜ「消費税」だけを特別扱いするのか。これは、最も国民の反発を買いやすい消費増税を否定することで、あたかも国民負担を避けているかのような印象操作を行っているのではないかと疑わざるを得ない。
我々が求めるのは、小手先の人気取り政策ではない。歳出の徹底的な見直し、聖域なき行財政改革を断行した上で、それでもなお不足する財源について、全ての選択肢をテーブルに乗せ、国民の前で堂々と議論する姿勢である。
岸田首相の「消費増税は考えていない」という発言は、国民への配慮ではなく、国家が直面する厳しい現実からの逃避に聞こえる。我々は、耳触りの良い言葉に惑わされることなく、この国の財政の健全性という礎を直視し、政治家にその責任を問い続けていかなければならない。未来への責任を負うことこそ、真の保守の精神である。
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