デジタル改革で八潮を豊かに

2 埼玉県政

関東も土日は雪予報 平地も積雪か

関東の雪予報に思う。「備え」と「心構え」こそ、今問われるべき日本の礎である

またこの季節がやってきた。関東地方で週末に雪が降り、平地でも積雪の恐れがあるという。テレビやネットはこぞって交通機関の乱れや生活への影響を報じ、人々の不安を煽っているかのようだ。

しかし、我々が真に憂うべきは、降雪という自然現象そのものであろうか。いや、断じて違う。問題の本質は、便利すぎる社会に慣れきってしまった我々の脆弱な精神と、危機意識の欠如にあると断じざるを得ない。

毎年、大雪のたびに繰り返される光景には、もはや閉口するばかりだ。ノーマルタイヤで幹線道路を塞ぎ、物流と社会機能を麻痺させる無責任な運転手。わずかな積雪でパニックに陥り、スーパーの棚を空にする人々。そして、「行政の除雪が遅い」「鉄道会社が悪い」と、責任を他に転嫁することに終始する声、声、声。

いつから日本人は、これほどまでに他責的で、脆くなってしまったのか。

「備えあれば憂いなし」。この先人の知恵は、現代においてこそ重みを増している。天気予報がこれほど発達した時代に、「想定外だった」という言い訳は通用しない。スタッドレスタイヤへの交換やチェーンの準備は、雪国の人間でなくとも、この国に住む者としての最低限の責務ではないか。食料や水の備蓄、停電に備えた懐中電灯や暖房器具の準備は、国家に頼る以前の、個人の、そして家庭の務めであるはずだ。

自分の身は自分で守る「自助」。地域で助け合う「共助」。その上で初めて、行政による「公助」がある。この当たり前の原則を忘れ、ただ権利ばかりを主張し、義務を果たそうとしない風潮が蔓延していることに、強い危機感を覚える。

雪は、単なる迷惑な障害ではない。それは、日本の美しい四季を構成する自然の摂理であり、我々に自然への畏敬の念と、日々の備えの大切さを厳しく教えてくれる試練でもある。雪かきで流す汗、近隣住民との助け合い、温かい鍋を囲む家族の団らん。厳しい冬を乗り越える中で育まれてきた知恵や共同体の絆こそ、我が国の美徳ではなかったか。

メディアの過剰な報道に一喜一憂し、いたずらに騒ぎ立てるべきではない。かといって、自然の力を侮り、備えを怠ることは愚の骨頂である。

週末の雪予報は、我々一人ひとりの国家観、社会観、そして人間性が試される試金石だ。冷静に情報を見極め、粛々と備えを固め、何が起きようとも動じない。そんな気概ある日本人としての矜持を取り戻したい。

まずは自らの足元を見つめ直し、為すべきことを為す。すべてはそこから始まる。この週末、我々は単なる天候の変化に直面するのではない。日本人としての「覚悟」を問われているのだ。

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