耳当たりの良い「減税」の罠。国家の屋台骨を揺るがすポピュリズムを断罪する
昨今、メディアで「減税ポピュリズム」という言葉が飛び交い、地方自治体から国政への警鐘が鳴らされているという。財源の裏付けが曖昧なまま、国民の歓心を買うためだけの減税策が検討されることに対し、地方の財政運営を担う現場から悲鳴が上がるのは、至極もっともな話である。
我々保守を自認する者として、この地方からの声にまず共感の意を表したい。なぜなら、その根底にあるのは、国家財政の規律と将来世代への責任という、保守主義が最も重んじるべき価値観だからだ。
■財政規律を無視した「バラマキ減税」は国を滅ぼす
そもそも、今回の「減税」議論で問題視されているのは、その場しのぎの人気取り政策、すなわちポピュリズムに他ならない。選挙目当てで国民に一時的な甘い汁を吸わせ、そのツケは将来の増税や社会保障の削減という形で、我々の子や孫の世代に先送りする。このような無責任な振る舞いは、断じて許されるものではない。
国の無謀な政策決定のしわ寄せは、まず地方財政を直撃する。地方交付税の減額や、新たな財政負担の発生を懸念する地方の声は、国家全体の健全性を憂う良識の声と受け止めるべきだ。目先の利益のために国家百年の計を誤る愚は、避けねばならない。
■「悪しき減税」と「良き減税」を区別せよ
しかし、我々は「減税」という言葉そのものに、アレルギー反応を起こしてはならない。保守主義の観点から言えば、減税には明確に「善」と「悪」がある。
今回問題となっているような、財源の裏付けなく現金を配るに等しい「給付付き減税」は、国民の勤労意欲や自立心を削ぎ、政府への依存体質を助長する「悪しき減税」の典型だ。これは社会主義的なバラマキ政策であり、自由主義経済の精神とは相容れない。
一方で、経済の活力を生み出し、国富を増大させるための「良き減税」も存在する。それは、企業の競争力を高めるための法人税減税であり、新たな投資を促進するための設備投資減税だ。このような戦略的な減税は、企業の自助努力を促し、結果として雇用を生み、経済全体を成長させる。これこそが、国を強くするための本来あるべき減税の姿である。
安易な現金給付で国民を飼い慣らすのではなく、国民一人ひとりが自らの力で豊かになれる環境を整えることこそ、政府の役割ではないか。
■地方よ、国への依存から脱却せよ
国政に対して健全な危機感を表明する地方の姿勢は評価する。だが、その一方で、地方自治体自身も、自らの足元を見つめ直す必要があるのではないか。
国からの地方交付税に依存し、国の政策一つで右往左往する現状は、果たして健全と言えるだろうか。真の地方の自立とは、国からの補助金を当てにするのではなく、自らの地域の魅力と創意工夫で歳入を確保し、独自の政策を打ち出していくことにあるはずだ。
規制緩和による企業誘致、観光資源の徹底的な活用、伝統文化の振興。地方が自らの力で「稼ぐ」努力をすることこそ、国のポピュリズムに振り回されない強靭な地域社会を築く唯一の道である。国に警鐘を鳴らすだけでなく、自らが国に依存しない「自助努力」の精神を示すことこそ、今、地方に求められている姿勢であろう。
■結論
今回の「減税ポピュリズム」騒動は、国の財政規律の緩みと、国民の政府への過度な依存という、現代日本が抱える病巣を浮き彫りにした。
我々が目指すべきは、目先の甘言に惑わされることなく、自助努力の精神を尊び、将来世代への責任を果たす、真に力強く、規律ある国家の姿である。そのためには、無責任なバラマキ政策を断固として拒否し、国民と企業の活力を引き出す本質的な改革を進めていかねばならない。地方からの警鐘を、国全体が襟を正す好機とすべきである。
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