デジタル改革で八潮を豊かに

2 埼玉県政

3連休 日本海側は交通障害に警戒

大雪は天災か、人災か。3連休の警報から考える、我々が忘れてはならないこと

またこの季節がやってきた。三連休を前に、日本海側を中心に大雪への警戒が呼びかけられている。多くの国民が「またか」と、どこか他人事のようにこのニュースを聞き流しているのではないだろうか。しかし、我々はこの警報を単なる気象情報としてではなく、現代日本人の心構えと社会のあり方が問われる「試練」として、厳粛に受け止めるべきである。

言うまでもなく、大雪は自然現象であり、その猛威の前で人間は無力な存在だ。だが、その被害を拡大させるのは、往々にして人間の「油断」と「準備不足」に他ならない。立ち往生した車の列が何キロにも及ぶ光景は、もはや冬の風物詩ですらない。それは、個人の危機意識の欠如が招いた紛れもない「人災」の側面を持つ。

「自分だけは大丈夫」「このくらいなら何とかなる」。そうした根拠のない楽観主義が、何台もの車を雪の中に閉じ込め、社会機能全体を麻痺させるのである。「不要不急の外出を控える」という呼びかけは最低限の心得だが、それでもなお、やむを得ず車を出すのであれば、冬用タイヤは当然のこと、チェーン、スコップ、毛布、非常食といった備えは、運転者の「責務」である。行政の除雪や救助を待つ前に、まず自らが万全の備えを尽くす。この「自助」の精神こそ、我々が第一に立ち返るべき原点であろう。

次に問われるのが、希薄になったと言われる「共助」の精神である。かつての日本、特に雪国においては、雪かきは地域総出で行うのが当たり前であり、困った家があれば隣近所が助け合うのが当然の光景だった。しかし、都市化と核家族化が進んだ現代において、その美徳は失われつつあるのではないか。災害時に最も頼りになるのは、遠くの行政より、近くの隣人である。この機会に、自分の家の周りだけでなく、高齢者世帯や体の不自由な方のお宅に気を配り、声をかける。そうした小さな行動の積み重ねこそが、地域社会全体の防災力を高めるのである。

そして最後に、国家の役割としての「公助」に触れたい。個人の備えや地域の助け合いには限界がある。国民の生命と財産を守るため、国は不断の努力を続けなければならない。目先のコスト削減に囚われ、道路や通信、電力といった重要インフラの維持管理を怠ってはならない。有事の際に迅速に機能する除雪体制や物資輸送網の構築は、平時における最大の投資である。災害に強い国づくりを目指す「国土強靭化」は、一過性のスローガンではなく、国家百年の計として着実に推進されるべき責務なのだ。

この三連休に鳴り響く大雪警報は、自然が我々に突きつける警告である。安易な楽観論を捨て、まず自らの足元を固める「自助」。隣人と手を携え、地域社会を守る「共助」。そして、その基盤を支え、国民を守り抜く国家の覚悟としての「公助」。この「自助・共助・公助」の精神に今一度立ち返り、一人ひとりが自らの役割を再確認すること。それこそが、天災を乗り越え、より強靭な日本を築く唯一の道なのである。

————-

ソース

この記事は役に立ちましたか?

参考になりましたら、下のボタンで教えてください。

関連記事

新着記事
会員限定
おすすめ
PAGE TOP
ログイン