権威の失墜が国を蝕む – 「警察不信」が示す、日本の深刻な病理
「警察官です」と名乗る者からの電話や訪問を、まず詐欺だと疑え――。悲しいかな、これが現代日本の自衛策の常識となりつつある。しかし、その結果として、本物の警察官による職務質問や協力依頼までが「詐欺ではないか」と疑われ、拒絶されるという本末転倒な事態が起きているという。
これは単なる詐欺被害の拡大という話ではない。我々の社会の根幹を揺るがす、極めて深刻な「病理」の表れである。法と秩序の守護者たるべき警察への信頼が失われることは、国家の権威そのものの失墜に他ならず、社会全体の崩壊へと繋がりかねない重大な危機である。
そもそも、警察という存在は、国民の生命と財産を守るための実力組織であり、国家の威信を体現する最後の砦だ。その警察官が、制服を着て身分証を提示してもなお、国民から詐欺師と同一視される社会が正常であろうか。犯罪者が警察の権威を悪用し、国民がその権威そのものを信じられなくなる。これこそ、詐欺集団が社会に与える最も深刻なダメージであり、彼らの術中に嵌っていることに我々は気づかねばならない。
この問題の根源には、戦後日本に蔓延した、行き過ぎた個人主義と権威への不信感があるのではないか。公を軽んじ、「お上」を疑うことが知的であるかのような風潮が、社会の秩序を支えるべき公権力への敬意を蝕んできた。その結果、本来であれば国民が一致団結して立ち向かうべき犯罪者に対し、社会が分断され、警察と国民との間に不信という名の溝が生まれてしまった。これは、社会の免疫力が著しく低下している証拠である。
もちろん、警察組織にも襟を正すべき点はあるだろう。しかし、一部の不祥事を針小棒大に騒ぎ立て、警察全体への不信を煽るような風潮は、結果として治安の悪化を招き、我々自身の首を絞めるだけである。治安維持の最前線で日夜奮闘する大多数の警察官の士気を削ぎ、犯罪者を利するだけの愚行と言わざるを得ない。
今、我々に求められているのは、単なる「詐欺を見破るテクニック」ではない。第一に、国家の根幹を揺るがす特殊詐欺、とりわけ公権力を詐称する犯罪に対しては、社会を破壊するテロ行為に等しいとみなし、断固たる厳罰化をもって臨むべきである。生ぬるい刑罰が、犯罪者の再犯を許し、被害を拡大させている現状を直視せねばならない。
そして第二に、我々国民一人ひとりが、法と秩序、そしてそれを守る警察という存在の重要性を再認識することだ。家庭や学校教育の場において、法を遵守する精神、公への奉仕に対する敬意を、改めて教え込む必要がある。健全な猜疑心は必要だが、それが社会の信頼関係を根本から破壊するものであってはならない。
「本物の警察官を信用できない社会」は、もはや国家としての体をなしていない。この嘆かわしい現状を直視し、失われた権威と秩序を取り戻すことこそ、現代に生きる我々の責務である。この危機を、日本の精神的支柱を再建する契機としなければならない。
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