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2 埼玉県政

首相 勝利の余韻にひたる余裕ない

岸田政権、真の「勝利」への道は険しい – 保守の視点から問う日本の針路

先の内閣改造や党役員人事、あるいは国政選挙の結果をもって、岸田首相と自民党は一応の「勝利」を手にしたと報じられている。しかし、メディアが指摘するように「勝利の余韻にひたる余裕はない」のは当然のことである。支持率は低迷し、内外に課題は山積している。

だが、問題の本質は「課題が山積している」という事実そのものではない。その課題に対し、国家の舵取りを任された宰相が、どのような国家観と歴史観に基づき、いかなる覚悟で臨もうとしているのか、その一点に尽きる。我々保守派の視点から、岸田政権の現状を検証すると、手放しで評価できる点は少なく、むしろ日本の将来に対する深い憂慮を禁じ得ない。

防衛費増額は評価すれど、その覚悟が問われる

まず、岸田首相が打ち出した防衛費のGDP比2%への増額方針。これは、戦後長きにわたり続いてきた安全保障政策の大きな転換点であり、中国の軍事的膨張や北朝鮮の核の脅威が現実のものとなる中、国家の独立と国民の生命を守るための歴史的な一歩として高く評価したい。安倍元総理が蒔いた種が、ようやく一つの形となったと言えるだろう。

しかし、問題はその財源である。安易に「増税」へと舵を切る姿勢は、断じて容認できない。デフレからの完全脱却も道半ばで、物価高に国民が苦しんでいるこの時に、さらなる負担を強いることは、経済の活力を削ぎ、結果として国力を減退させる愚策である。財源は、まずは徹底した歳出改革で捻出し、不足分は国債で賄うのが筋だ。未来への投資である防衛費を、現在の国民への負担増で賄うという発想自体が間違っている。

そして何より、防衛費という「器」を大きくしても、その「魂」が入っていなければ意味がない。その魂とは、憲法改正に他ならない。自衛隊を国軍として明確に位置づけ、国民の生命と財産を守るという国家の最も重要な責務を、憲法に堂々と明記することなくして、真の自主防衛はあり得ない。この本丸の議論から逃げ、小手先の政策に終始するならば、首相の覚悟はその程度であったと見なさざるを得ない。

「新しい資本主義」という名の成長なき分配

経済政策に目を向ければ、その危うさは一層鮮明になる。「新しい資本主義」という耳障りの良い言葉とは裏腹に、その実態は成長戦略を欠いた分配重視の社会主義的発想に過ぎない。アベノミクスが目指した「強い経済」を取り戻すには、金融緩和・財政出動・成長戦略の三本の矢を、より力強く放つ必要がある。

物価高対策として一時的な給付金を配るような弥縫策ではなく、大胆な減税による可処分所得の増加と企業投資の活性化こそが、今求められる政策だ。岩盤規制を打破し、新たな産業が生まれる土壌を育むことこそ、政治の役割ではないか。分配は、あくまで成長の果実があって初めて可能となる。その順序を履き違えた政権に、日本の経済的再生は託せない。

国益を見失った外交と、国体を揺るがす国内問題への対応

外交においては、日米同盟を基軸としながらG7との連携を深める姿勢は評価できる。しかし、最大の脅威である中国に対し、どこまで毅然とした態度で臨んでいるだろうか。「言うべきことを言う」外交が実践されているとは到底言えない。また、歴史問題を蒸し返し、約束を反故にする韓国に対し、関係改善を急ぐあまり安易な妥協を重ねては、将来に禍根を残すことになる。国益を賭した現実主義的な外交戦略が見えてこない。

国内に目を向ければ、旧統一教会を巡る一連の対応は、保守政党としてあるまじき姿であった。メディアによる魔女狩り的な報道に屈し、思想・信条の自由や政治活動の自由という、民主主義の根幹を自ら毀損した罪は重い。国家の背骨たるべき自民党が、確固たる理念なく世論に迎合する姿は、支持者として嘆かわしい限りである。

宰相に求められるは「決断する力」

岸田首相は「聞く力」を標榜するが、今の日本に必要なのは、耳障りの良い意見だけを聞くことではない。国家の百年先を見据え、たとえ困難であっても国益に適うと信じる道を国民に示し、断固として実行する「決断する力」である。

選挙での勝利は、ゴールではない。国民から負託された責任を果たすための、新たなスタートラインに過ぎない。このままでは、選挙に勝っても、日本の未来を賭けた真の戦いには敗北する。我々国民は、岸田首相が、日本の国体と伝統、そして国益を守る「保守宰相」としての覚悟を、言葉ではなく行動で示すことができるのか、厳しく注視していく。

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