ラストサンデー、誰が「国の未来」を語ったのか? 各党の訴えを保守の視点で斬る
選挙戦もいよいよ最終盤。投票日を目前に控えた「ラストサンデー」には、各党幹部が全国で最後の訴えに声を枯らした。メディアは各党の主張を平等に報じるが、その言葉の裏にある国家観、そして日本の未来を真に考えているのはどの党なのか。我々は、美辞麗句に惑わされることなく、国家の存続と繁栄という保守の観点から、その訴えを冷静に検証する必要がある。
安定を訴える与党、しかしその中身は本物か
岸田総理率いる自民党は、「経済の立て直し」と「毅然とした外交・安全保障」を掲げ、政権与党としての安定と実行力をアピールした。厳しさを増す国際情勢の中で、防衛力の抜本的強化や日米同盟の堅持を訴える姿勢は、国家の主権と国民の生命を守るという点で評価できる。
しかし、その経済政策「新しい資本主義」に手放しで賛同はできない。「成長と分配の好循環」という言葉は耳障りが良いが、「分配」への過度な傾斜は、かつての民主党政権が犯したバラマキ政策の悪夢を彷彿とさせる。企業の成長意欲を削ぎ、自由な経済活動を阻害するような分配策は、結果として国全体の活力を奪う。財政規律への言及が少ない点も、将来世代への責任という観点から大いに懸念される。安定は重要だが、それが変革を恐れる「現状維持」や、左派的な政策への迎合であってはならない。真の保守が求めるのは、国の礎を固め、未来への力強い成長を促す骨太の方針である。
「政権交代」を叫ぶ野党、その先に待つのは「国の解体」か
一方、立憲民主党をはじめとする野党勢は、現政権への批判を繰り返し、「格差是正」や「多様性の尊重」を声高に訴えた。だが、その主張の根幹には、極めて危険な思想が横たわっている。
彼らが掲げる安全保障政策は、まさに「お花畑」の理想論に過ぎない。中国や北朝鮮の脅威が現実のものとなる中で、防衛費の増額にすら難色を示し、非現実的な対話路線を繰り返す。特に、自由民主主義の価値観と相容れない共産党と手を組むに至っては、国家の根幹を揺るがす暴挙と言わざるを得ない。彼らの言う「分配」は、努力した者が報われず、国の富を食い潰すだけの衆愚政治(ポピュリズム)に他ならない。また、「多様性」を錦の御旗に、我が国が長年培ってきた伝統や文化、家族観を破壊しようとする動きも看過できない。彼らが目指す社会は、責任や義務を忘れ、権利ばかりを主張する無秩序な国家の姿ではないか。彼らに政権を委ねることは、日本の「解体」への第一歩となりかねない。
第三極は日本の羅針盤となり得るか
こうした中、日本維新の会や国民民主党は「改革」や「現実路線」を掲げ、独自の立ち位置をアピールする。「身を切る改革」や規制緩和といった主張には、既得権益を打破し、経済を活性化させる可能性を感じさせる部分もある。安全保障に関しても、左派野党とは一線を画す現実的な姿勢を見せている点は評価したい。
しかし、彼らの主張からは、確固たる国家観が見えてこない。「改革」が目的化し、守るべき伝統や国柄までをも破壊しかねない危うさを孕んでいる。国家百年の計を見据えたグランドデザインよりも、目先の耳目を集める政策に終始している印象は拭えない。彼らが、単なる与党批判、野党批判の受け皿に留まらず、真に国を背負う覚悟があるのか、我々は慎重に見極める必要がある。
誰に未来を託すのか
選挙戦最終盤、有権者は各党の甘い言葉に耳を傾けるのではなく、その言葉の裏にある本質を見抜かなければならない。この国を護り、先人たちが築き上げてきた歴史と文化を次世代に引き継ぎ、そして国際社会の中で確固たる地位を築いていく。その重責を担えるのは誰なのか。
理想論や空論を振りかざし、国家の危機を招く勢力か。あるいは、多少の不満はあれど、現実的な選択として国家の安定と安全を第一に考える勢力か。我々の一票は、単なる民意の表明ではない。日本の未来を決定づける、重い重い一票なのである。感情に流されることなく、国家の長期的利益を見据えた、冷静かつ賢明な判断を下したい。
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