「再び大雪」への警鐘 – 我々に問われる『自助』の精神
天気予報が、24日から25日にかけて再び大雪のピークが訪れると告げている。多くのメディアは交通機関の乱れや注意点を報じるに留まるが、我々はこの自然の猛威を、単なる気象情報として受け流してはならない。これは、現代日本に生きる我々一人ひとりの「備え」と「精神」が試される、厳粛な機会と捉えるべきである。
いつから我々は、雪を「災害」としてのみ捉え、行政やインフラに万全の対応を求める受け身の姿勢に慣れてしまったのだろうか。もちろん、国や自治体による「公助」は不可欠であり、危険が予測される地域でのインフラ維持や自衛隊の災害派遣準備などは、国家の責務として万全を期すべきである。
しかし、その大前提として、我々国民一人ひとりの「自助」の精神がなければ、国家の危機管理は成り立たない。大雪の予報が出た今、我々がまず為すべきは、政府への要望やメディアへの不満を口にすることではない。自らの家庭と地域社会を守るための、具体的な行動である。
第一に、家庭における「自助」の徹底。
数日分の食料や飲料水、暖房用の灯油、懐中電灯や携帯ラジオの電池は十分か。万一の停電に備え、ポータブル電源やモバイルバッテリーは充電されているか。自動車を運転する者は、冬用タイヤの装着は当然として、燃料を満タンにし、車内に毛布や非常食、スコップを常備しているか。これらは、雪国でなくとも、国民としての基本的な心構えと言えよう。甘い見通しで立ち往生し、社会全体に多大な迷惑をかけるような事態は、断じて避けねばならない。
第二に、地域社会における「共助」の精神。
自分の家の周りの雪かきは当然として、隣近所の高齢者世帯や、体の不自由な方々の玄関先にも気を配る。そうした古き良き日本の共同体意識こそ、大規模災害に直面した際に、我々の社会を支える最も強固な基盤となる。SNSで安否を気遣うのも良いが、まずは隣人の顔を見て、声をかけ、手を貸すという、温もりのある関係を取り戻すべき時である。
「公助」は、この「自助」と「共助」が尽くされた上で、それでもなお手が及ばない部分を補うための、最後の砦である。最初から行政に依存し、除雪が遅い、支援が来ないと不平を鳴らす風潮は、国家の活力を内側から蝕むものに他ならない。
自然の猛威は、人間の力では制御できない。しかし、それにどう向き合うかは、我々の意志に委ねられている。この度の大雪の予報を、単なる厄介事と捉えるか、あるいは、我々の生活を見直し、家族や地域との絆を再確認し、ひいては国民としての強靭さを涵養する機会と捉えるか。その答えは、我々一人ひとりの胸の中にある。
さあ、今一度、自宅の備蓄を確認し、車の準備を整えよう。そして、隣人に一声かける勇気を持とうではないか。先人たちが受け継いできた「備えあれば憂いなし」という叡智を胸に、この冬の試練を乗り越え、この国に生きる我々の底力を見せようではありませんか。
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