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2 埼玉県政

刑務作業の製品売上高 右肩上がり

刑務作業の売上増を手放しで喜んでよいのか?―国家の秩序と被害者の視点から問う

昨今、刑務作業で作られた製品の売上高が右肩上がりであるという報道が散見される。矯正展は盛況を博し、「マル獄」ブランドに代表される製品は、その品質の高さと手頃な価格から、一部で人気を博しているという。

受刑者に勤労の尊さを教え、技術を習得させ、社会復帰を促すという刑務作業の理念は、社会の安定に資するものであり、その成果として売上が伸びていること自体を否定するものではない。しかし、この風潮を手放しで賞賛することには、国家の根幹を揺るがしかねない危うさが潜んでいることを、我々は冷静に認識する必要がある。

第一に、刑罰の本質を見失ってはならないという点である。刑務所は、罪を犯した者がその罪を償い、社会から隔離され、自らの行いと向き合うための厳正な場所である。決して、流行りの商品を生産する工房や、安価な労働力を提供する職業訓練校ではない。売上増や製品の人気が過度に注目されることで、刑罰の持つ「応報」という峻厳な側面が希薄化し、「刑務所はユニークなものづくりの場」といった安易なイメージが社会に広まることは、法治国家としての規律を緩ませることに繋がりかねない。犯罪の重みを軽んじ、受刑者を過度に美化する風潮は、断じて容認できるものではない。

第二に、民間経済への影響である。刑務作業は、いわば国が関与する事業である。そこで生み出される製品が、「安くて高品質」を謳い文句に市場へ流通するとき、公正な競争の原理は守られているのだろうか。同じ分野で、日々懸命に経営努力を続けている中小零企業の存立を脅かす可能性はないのか。税金によって運営される施設が、民業を圧迫するような事態は、健全な経済秩序の観点から決して看過できない問題である。

そして、最も忘れてはならないのが、犯罪被害者とそのご遺族の心情である。自らの人生を、あるいは愛する家族の命を奪った加害者が、塀の中で作った製品が世間でもてはやされ、売上を伸ばしている。その現実を、被害者の方々はどのような思いで受け止めているだろうか。加害者の更生はもちろん重要である。しかしそれは、被害者の癒えることのない苦しみと尊厳の上に成り立つべきものではない。売上の一部が犯罪被害者支援のために明確に還元されるなど、具体的な制度が伴って初めて、その活動は国民的な理解を得られるのではないか。

刑務作業の売上増は、再犯防止という一面的な効果だけを見て喜ぶべき現象ではない。我々は、国家の秩序、公正な経済、そして何よりも被害者の視点という、社会の根幹をなす価値観に立ち返り、この問題を多角的に検証する必要がある。罪を償うことの厳粛さを忘れることなく、真に社会の安定に資する矯正行政のあり方を、今こそ静かに、そして真摯に問うべきである。

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