パスポート手数料7千円引き下げ、その裏に潜む国家の軽視と安易なバラマキ政策を問う
政府がマイナンバーカードを利用したオンライン申請に限り、パスポートの発行手数料を7000円引き下げる方針を固めたとの報道があった。デジタル化の推進と国民の負担軽減を目的としたこの政策は、一見すると歓迎すべき改革のように映る。しかし、我々はこの甘言の裏に潜む、国家観の欠如と場当たり的な政策運営の危うさを見過ごしてはならない。
財政規律と受益者負担の原則はどこへ行ったのか
まず問われるべきは、財政規律の観点である。手数料の引き下げは、当然ながら国と都道府県の歳入減少に直結する。この減収分は、一体どこから補填されるのであろうか。結局は他の税金で穴埋めされるのであれば、それは国民全体でパスポート取得者の費用を肩代わりするに等しい。
そもそもパスポートとは、海外に渡航する意思を持つ特定の国民が、その必要性に応じて取得するものである。その発行にかかる費用は、サービスを受ける者が負担する「受益者負担」が原則であるべきだ。今回の値下げは、マイナンバーカード普及という別の政策目的のために、この大原則をいとも簡単に捻じ曲げるものに他ならない。これは、行政サービスにおける公平性の根幹を揺るがす行為と言わざるを得ない。
国民を「アメ」で釣る、国家の品格を損なう手法
マイナポイントの付与に始まり、今回の手数料割引に至るまで、政府のマイナンバーカード普及策は、金銭的なインセンティブ、いわば「アメ」で国民を釣る手法に終始している。本来、マイナンバーカードの利便性や行政効率化への寄与、そしてその安全性について国民に丁寧に説明し、理解を得て普及を図るのが国家としての正道であろう。
目先の利益で国民を誘導するやり方は、国家の品位を貶めるだけでなく、国民の自主的な判断を軽んじるものだ。このような手法が常態化すれば、国民は政府の政策を合理性や必要性ではなく、刹那的な損得勘定でしか評価しなくなるだろう。これは、健全な民主主義の土台を蝕む危険な兆候である。
デジタル弱者を切り捨て、国民の間に新たな分断を生む
さらに深刻なのは、この政策がもたらす「不公平」と「分断」である。オンラインでの申請手続きが困難な高齢者や、デジタル機器に不慣れな人々は、この割引の恩恵を受けることができない。結果として、情報格差(デジタルデバイド)がそのまま経済的格差に直結することになる。
すべての国民に等しく開かれているべき行政サービスにおいて、このような格差を生み出すことは断じて許されるべきではない。これは、効率化の名の下に弱者を切り捨て、国民の間に新たな分断の溝を掘る行為に他ならない。社会全体の安定と秩序を重んじる立場から、断固として反対するものである。
パスポートの価値を貶め、国家の権威を損なう愚策
忘れてはならないのは、旅券(パスポート)が単なる身分証明書ではないという事実だ。それは、日本国がその国民の身分を国際社会に対して公的に保証する、極めて重い意味を持つ公文書である。いわば、国家の主権と権威の象徴の一つなのだ。
その発行手数料を、マイナンバーカード普及という別目的のために安易に引き下げることは、パスポートそのものの価値を貶める行為に繋がりかねない。また、手数料収入は、在外公館における邦人保護活動など、海外における国民の生命と財産を守るための重要な財源の一部でもある。安易な歳入減が、これらの重要な責務に影響を及ぼす可能性はないのか。慎重な議論が尽くされたとは到底思えない。
デジタル化の推進自体は、我が国が避けて通れない課題である。しかし、その手法は国家の根幹を揺るがすものであってはならない。今回のパスポート手数料引き下げは、一見すると国民に寄り添った政策に見えるが、その実、財政規律を緩め、不公平を助長し、国家の権威を損なうという、いくつもの毒をはらんだ愚策である。我々は目先の利益に惑わされることなく、国家の百年を見据えた、筋の通った政策運営を政府に強く求めていく。
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