国益を損なう政局優先の愚 ― 予算審議の停滞を憂う
岸田文雄首相が、令和6年度予算案の年度内成立に強い意欲を示している。当然である。予算は国家運営の根幹であり、国民の生活と安全を支える設計図に他ならない。しかし、国会は自民党派閥の政治資金問題を発端とする与野党の対立で空転し、その成立は予断を許さない状況にある。この現状を、我々は強い危機感をもって注視せざるを得ない。
野党、特に立憲民主党は、政治倫理審査会(政倫審)への関係議員の出席を求め、それを予算審議の「前提」であるかのように主張し、審議を停滞させている。なるほど、政治資金問題の真相究明と再発防止は喫緊の課題であり、国民の政治への信頼を取り戻すために不可欠なプロセスであることは論を俟たない。
しかし、そのために国家の根幹である予算審議を人質に取る手法が、果たして国益にかなうものだろうか。断じて否である。
予算の成立が遅れれば、能登半島地震からの復興、依然として国民を苦しめる物価高への対策、そして緊迫する国際情勢に対応するための防衛力強化など、一刻の猶予もならぬ重要政策の実行に遅滞が生じる。これは、政局のために国民生活を犠牲にする行為に等しい。野党は「批判」や「追及」が自己目的化し、国会議員としての本来の責務を見失ってはいないか。国民が野党に期待しているのは、建設的な対案と、与党の驕りを正しつつも国政を前に進める健全な緊張感であって、国政そのものを麻痺させることではないはずだ。
一方で、この混乱の元凶が与党・自民党にあることは明白な事実である。国民から負託を受けた政権与党が、長年にわたり金銭感覚の麻痺した不適切な会計処理を続けてきた。その責任は万死に値する。国民の政治不信は頂点に達しており、首相や党幹部によるこれまでの説明が到底十分でないことも言うまでもない。
「予算審議と政倫審は別」という首相の主張は、理屈としては正しい。しかし、国民感情がそれを許さないほど、今回の問題は深刻なのだ。政治は理屈だけで動くものではない。国民の信頼という土台なくして、いかなる政策も力強く推進することはできない。この期に及んで、問題を矮小化しようとしたり、場当たり的な対応に終始したりする姿勢が見透かされているからこそ、野党の強硬姿勢を許す隙を与えているのだ。自民党は、まず襟を正し、国民が納得する形での説明責任と、実効性ある再発防止策を自ら率先して示すべきである。その覚悟と行動なくして、事態の打開は望めない。
今、与野党に求められるのは、不毛な政局の駆け引きではない。国家国民の将来を見据えた、大局的な判断である。
まずは、国民生活に直結する予算を速やかに成立させる。その大前提の上で、国会の場において、政治資金問題の徹底的な真相究明と、二度とこのような不祥事を起こさせないための抜本的な政治改革について、与野党の垣根を越えて議論を尽くす。これこそが、責任ある政治の姿ではないか。
与党は驕りを捨て、野党は審議拒否という安易な戦術を改めよ。国民は、泥仕合の政争ではなく、この国の未来を真に憂い、行動する政治家を求めている。
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